初の中央アジア、アルマトイ

中国、ベトナム、カンボジア、タイ、ミャンマー、再びタイ、そしてラオス、そして、中国に再び入国。

昆明、麗江を経て、シャングリラを訪れ、その後、中央アジアのカザフスタンに入国し、アルマトイという街に到着しました。

(2019.7.4~2019.7.6)

夜のアルマトイ

深夜の12時にアルマトイに到着。

バスターミナルで降ろされるも、ここがどこであるのかわからない。

旅人の必須アイテムである「maps.me」のアプリを使おうとするも何度押しても強制終了となってしまい、maps.meを使用することができない。

これでは宿の位置がわからない。

こんなこともあるかもしれないとグーグルマップをオフラインで保存しとおき、ホテルの場所をスクショしていたおかげでなんとか大体の位置を把握。

タクシーは全く見当たらず。

とりあえず6kmほどのところにある大体のホテルの場所まで歩いていくことにしました。

初めての国、知らない国でまったく情報を知らない状況。

治安がいいのか悪いのかわからない。とりあえず明るい通りを通り、カップルの後ろをついていき、宿の周辺につくも、宿らしきものが一切ない。

何人かの人に聞くも見当たらない。

最終的にいかつめの車に乗った、ヤンキーっぽいカザフスタン人にマップアプリケーションを使って、サクッと調べてもらいました。

そうすると、見つけたホテル。ホッとしてそのままチェックイン後、就寝。

アルマトイ散策

次の日、早速アルマトイの街中を散策。

アルマトイ – Wikipedia

アルマトイは、カザフスタンの南東部にある都市。カザフスタンの経済、教育、文化の中心地であり、「南の首都」とも呼ばれる。

キルギス共和国および中国との国境に近い風光明媚な街。中央アジア最高水準の世界都市であり、1998年まで同国の首都であった。カザフ国立大学をはじめ多くの高等教育機関、政府機関などがある。カザフスタン最大の人口を有する同国唯一の百万都市である。

1991年にソビエト連邦を解体し、独立国家共同体を始動した協定はここアルマトイで調印された。遷都後の現在でもアルマトイはカザフスタンで最大の都市であり、商工業・文化の中心都市である。

語源は「リンゴの里」であり、かつては町の近辺にリンゴ林が広がっていたが、現在は都市開発に伴ってリンゴの樹は数を減らしている。

カザフスタンという国のイメージが全くありませんでした。

街を見渡すと、前日の夜に歩いたロシア語の看板がたくさん見えてきますが、ほとんど英語の表記がありません。

店の外観も派手ではなく、営業しているのかしていないのかわからない店も多い。

そして、街中はとても綺麗。緑が多く、公園も多い。

歩いている人たちの表情や仕草なども余裕があり、のんびりとしている印象。

ここに家族で住めば、良さそうなところだな、というのを感じました。

ゼンコフ正教会

街の中心部から西側にある28人のパンフィロフ戦士公園にも足を伸ばして散歩。

28人のパンフィロフ戦士公園 – Wikipedia

28人のパンフィロフ戦士公園 – 第二次世界大戦の対ドイツ戦でモスクワ防衛に参加して戦死したパンフィロフ将軍と彼が率いた兵士を記念して造られた公園。アルマトイでの結婚式の当日、花嫁と花婿は公園の戦勝記念碑に花を捧げ、記念撮影を行うことが多い。中央には1904年に完成したゼンコフ正教教会がそびえる。

ゼンコフ教会は前と横からで見え方が違う教会のようにガラッと変わる。

ゼンコフ教会の内装はステンドグラスの光が差し込み、美しい内装でした。教会ということもあり、中の写真はありません。

教会の前の広場はゆっくりとした時間を過ごすのに最適。英語の通じないカザフスタン人と話しながらここでのんびり。

スポンサーリンク

キルギスのビシュケクへ

カザフスタンにはたくさんの自然の綺麗な観光地があるようですが、キルギスにも同様にあるとのこと。

あとはキルギスに知り合いが滞在しているとのことだったので、たったの2、3日の滞在のみでカザフスタンからキルギスのビシュケクへ移動することにしました。

カザフスタンのアルマトイからキルギスのビシュケクまでは乗合バンでたったの4時間。

バスターミナル
混雑しているチケット売り場

ノービザで可能な国境も難なく越えることができ、ビシュケクに到着。

国境付近の風力発電

カザフスタンとキルギスの国境はあまり緊迫感のない、落ち着いた国境でした。

(2019.7.4~2019.7.6)

スポンサーリンク