中国、ベトナム、カンボジア、タイを抜け、タイとミャンマーの国境メーソートからミャンマーへ入国しました。

(2019.4.27~2019.5.1)
国境に到着
朝、ミャンマーとの国境の町、メーソートに着き、乗り合いミニトラックでイミグレーションへ。

そして無事出国。

歩いてタイ・ミャンマー友好橋を渡り、ミャワディーという町へ。ミャンマーに入国。
ミャンマーに入国するとたくさんのロンジーを着た人たちがいました。
ロンジーとは、ミャンマー(ビルマ)で日常的に着用されている伝統的な民族衣装である。下半身に着用する筒状の衣類で、男性用のロンジーはパソー、女性用のロンジーはタメインと呼ばれる。

知っていたもののこんなにも多くの人が着ているとは思いませんでした。だいたい7割くらいのミャンマー人がロンジーを着用していました。
また、更に驚いたのが多くの女性がタナカと呼ばれる化粧をしていたこと。
これも一部のミャンマー人だけでしょと思っていたところ、8割近くの女性がタナカをしているという現実でした。こんなにタナカはミャンマーでポピュラー化粧だったのかと愕然。
タナカは、ミャンマーで使用されている、天然の化粧品である。
色は主に黄土色で、茶色っぽいものから、白色っぽいものまである。化粧としてだけでなく、日焼け止めとしての意味もある。原料であるタナカの木から作られる。タイでも、ミャンマー国境近くを中心に見られる。ロンジーと共に、ミャンマーのお土産としても、人気がある。
タナカの原料となる樹木は数種あり、ミャンマー中央部で豊富に成育する。主に「タナカ」と呼ばれるゲッキツ属の複数種の樹木が原料になるが、「theethee」と呼ばれるウッドアップルもまた原料になる。

やはり国境を越えるだけでこんなに違うということがとても新鮮でした。
ここでミャンマーという国のことを改めてwikipediaで調べてみました。
ミャンマー連邦共和国、通称ミャンマーは、東南アジアのインドシナ半島西部に位置する共和制国家。独立した1948年から1989年までの国名はビルマ連邦、通称ビルマ。東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟国、通貨はチャット、人口は 5,142万人(2014年)、首都はネピドー(2006年まではヤンゴン)。
多民族国家で、人口の6割をビルマ族が占め、ビルマ語が公用語である。他に、カレン族、カチン族、カヤー族、ラカイン族、チン族、モン族、シャン族、北東部に中国系のコーカン族などの少数民族がおり、独自の言語を持つ民族も多い。
モーラミャインへ
そして、乗り合いタクシーで6人でモーラミャインへ。

途中の小さい町で少しずつ人が降り、最終的に自分一人がモーラミャインに到着。
モーラミャインは、ミャンマーの都市。モン州の州都。人口は約49万人で、ミャンマー第三の規模を有する。以前はモールメンと呼ばれていたマルタバン湾の港湾都市。
途中の検問で警察官に止められ、パスポートの提示を求められました。 まだまだ軍事的な面で警戒態勢がある国だと実感。
モーラミャインに着くまでに多数の仏塔。タイとはまた違うミャンマーの仏塔のある景色にミャンマーに来たんだという実感がさらに湧いてきました。
仏塔というものがなんなのか、調べてみました。そもそもパゴダとかストゥーパとかよくわかっていませんでした。
仏塔(ぶっとう)とは、仏舎利(釈迦の遺体・遺骨、またはその代替物)を安置した仏教建築をいう。卒塔婆(そとば)、塔婆(とうば)、塔(とう)、ストゥーパ、供養塔とも呼ばれる。
西洋では「仏塔」を指す語に、二種の出自の異なる語、ストゥーパ(stupa)とパゴダ(pagoda)がある。いずれの語も仏塔全般を表しうる言葉であるが、ストゥーパはインド風のものを、パゴダは極東風のものを意味することが多い。パゴダは少々意味が広く、仏塔に限らず、層塔のような設計をした通常の宗教建築を指すこともある。
モーラミャインに着くと、行く予定だった宿が閉まっている…ということで近くの別の宿へ。
これが正解でした。とても綺麗なホテルで二人部屋のドミトリーで一泊10ドル。
二人部屋なので誰かがいたら気まずいけれど幸い誰もおらず。
親切な宿にホットシャワーに綺麗なシーツ。
久しぶりの綺麗な宿で気分が高まりました。
ミャンマーの宿、2人ドミトリーで1人10ドル。朝食付きでエアコン、ホットシャワーありでめちゃめちゃ綺麗。
— きよすけ🙈世界一周@ミャンマー (@kiyosuke_travel) 2019年4月27日
ドミは個室状態。2人ドミなので誰か来るとものすごく気まずいに違いない。
まだ出来たてのようで少し工事中。これからミャンマーへの観光客が増えることを見越したオーナーの戦略かな。 pic.twitter.com/4jtPY1FjaB
適当にモーラミャインの川沿いの夕焼けを見に行き、その日は移動で疲れたため休憩。 ミャンマーがイギリスの植民地だったためか、キリスト教会も町中にいくつかありました。


落ち着いた雰囲気の川沿い。

どの国、どの街でも夕日は綺麗だなあ。



バイクで観光へ
次の日は宿でバイクを借りて、観光へ。
目指すはモーラミャインの町から北にある聖地ノアラボー・パヤーと南にある巨大寝仏ウィンセントーヤ。
どちらもモーラミャインの町から片道20kmの距離。まずはノアラボー・パヤーに行き、それからウィンセントーヤを目指しました。
ノアラボー・パヤー
ノアラボー・パヤーは、有名なチャイティーヨーと同じように岩が重なり、絶妙なバランスで保たれています。

チャイティーヨーよりも岩が小さいですが、チャイティーヨーが2段であるのに対してノアラボー・パヤーは3段の岩でバランスを保っています。
このノアラボー・パヤーは仏陀の毛髪の力によって保たれていると信じられており、参拝客が絶えないとのこと。
2段よりも3段がいいかな〜と思い、行ってみました。
バイクで町を通り過ぎ、

橋を渡り、村のような場所を通りすぎ、入り口のようなところを発見。

バイクで入ろうとすると、どうやらバイクでは行けず、乗り合いトラックでいくしかないとのこと。
數十分待ち、乗り合いトラックにて出発。お坊さんも一緒です。

頂上まではジェットコースター。
クラクションを鳴らしながら、20〜30kmの速度で山を駆け上がっていきます。とにかく振動と揺れがすごい。



時々、トラックの脇の棒に頭をぶつけながら、30分の運転ののち、頂上に到着。

階段を上がり、見えてきました。ノアラボー・パヤー。絶妙なバランス。



そして、山からの眺めが良い。

ひっそりと道の脇に立つ仏陀。

ウィンセントーヤ
ノアラボー・パヤーの次は、ウィンセントーヤへ。
ミャンマー南部の都市モーラミャイン郊外にある寝釈迦仏。市街中心部の南約24キロメートルの村チャウッタロンの山の中腹に位置する。建設途中だが、高さ28メートル、全長183メートルという世界最大の寝釈迦仏として知られる。
モーラミャインの南20kmの場所に位置しているので、再びバイクで爆走。
見えてくる大きな入り口。

その入り口を入ってしばらく進むと大量の托鉢の像。


こんなことを言ってはいけないのですが、不気味です。

先頭はおじいさんのお坊さん。ということはこの方が仏陀なのか…。よくわかりません。

この像は全部で500体ほどあるようです。
その後、道なりにしばらく進むと見えてくる、仏塔と寝釈迦仏。


圧倒的な存在感。


一見完成されているようですが、まだまだ未完成とのこと。あと10年はかかると言われているようです。
そして、どうやらこの寝釈迦仏には、入れるようだったので入ってみました。
すると中は博物館的な感じになっていました。大量の展示物。
地獄の様子とか仏陀の歴史とかそういったものを表しているのだと思います。







この寝釈迦仏の反対側には作られかけのもう一体の寝釈迦仏。作られかけです。

仏版ラピュタのような雰囲気です。
仏像の反対側の景色も不思議です。
お坊さんの頭が見えます。

なのでこのお坊さんのところにも行ってみました。

そして道に突如現れるさらなる仏像。

そして山の上にはまたもや仏像。

一体何体の仏像がこの地域にあるのか…。強い信仰心を感じた観光でした。
そしてワンコ。

体調不良の2日間
観光から帰り、宿で寝ようとすると何やら背中の方で違和感が…。
背中を何かが這うようなムズムズ感。 そして、お腹にくる激痛。
汗がびっしょりでした。とりあえず寝て起きると、おねしょをしたみたいに布団がびしょびしょ。
起き上がると身体がふらつく。どうやら完全に体調が悪くなったみたいでした。
とりあえず、宿のレセプションで延泊を依頼。
そして、苦しむこと2日間。下痢嘔吐全て出し切りました。
やっとのことで自力で体調を治し、ついにヤンゴンに向けて夜行バスで出発することにしました。
ヤンゴンって一体どんな町なのか。楽しみにしながら夜行バスに乗り込みました。

(2019.4.27~2019.5.1)